LilacFantasy - These Days_02

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These Days

大聖堂に入った泥棒が捕まったという噂が流れてきた。財産でも欲しかったのか、それともどんな病気でも治すという「奇跡の石」が欲しかったのか、目的までは知らされなかったが、とにかく街中の話題となっていた。その泥棒というのは、絶世の美女で、名をジュディスと名乗ったそうだ。

その噂を聞いて思い出したことがある。僕の家にも昔、泥棒が入ったことがあった。その泥棒は父の部屋に侵入したのだが、騎士団長である父に見つかり、捕らえられたのだ。その後、父はジュディスと名乗る女性を娶り、1人の子を生んだ。父は何も言わなかったが、おそらくその女性こそが、件の泥棒だったのだろう。彼女はとても美しかった。しかし彼女は3年後、娘を連れて屋敷を去り、行方知らずとなっていた。おそらくは、嫉妬深い僕の母が追い出したのだろうが、その母も、もうこの世にはいない。

泥棒の侵入を理由に、教皇ヨシュア6世はスラム一掃を騎士団に命じた。彼はスラムを焼き払い、泥棒行為への見せしめにするのだと言った。彼はもともとスラムを毛嫌いしており、街を浄化するいい契機だと考えたのだろう。騎士も僧侶も、前々からスラムを良く思っていなかったらしく、反対の声は全く上がらなかった。こうして、スラム一掃は決行されたのだ。

もちろん、騎士団に所属する僕も参加することになってしまったのだが。

***

既にあちこちから煙の昇っている貧民街を、僕は第3騎士隊長を務める伯父と一緒に歩いていた。伯父は老若男女問わず、人間を見かければ片っ端から斬り捨てていった。中には助けを求めて泣き叫ぶ幼子もいたが、彼は容赦しなかった。

「クロード、騎士は命令に忠実であるべきだ」

伯父は何度もそう言った。しかし、僕にはどうしても納得できなかった。

「騎士は、女子供にやさしくあるべきだと、父に教わりましたが」

「たしかにそれも大事だが、最も大事なものは、主からの命令に従うことだぞ」

伯父の言うことも、もっともだと思う。しかし、幼い頃から騎士道を教え込まれていた僕の頭では、その2つの思考が葛藤していた。これが僕の目指していた騎士なのだろうか。幼い頃から憧れ続けてきた、騎士の姿なのだろうか。そう、思わずにはいられなかった。昔家を出ていってしまった兄の気持ちも、今なら分かるような気がする。

伯父はふと民家に入っていった。煙突から煙が昇っていることから、人が住んでいるであろうことが見てとれたからだ。しかし、僕は止まってしまった。これ以上、血を見たくなかったのだ。伯父は扉に手をかけて言った。

「クロード、お前はここで待っていろ。すぐに終わらせるからな」

頭が痛かった。家の中から聞こえてくるのは悲鳴ばかり。それも子供の声だ。

僕は任務を忘れて逃げた。一刻も早くここから離れたかった。しかし、何処へ行っても広がる光景は同じ。騎士に斬られ、もう動かない子供たち。木でできた家は赤々と燃え続け、あとは崩れるのを待つばかり。地獄とは、まさにこのことを言うのだろうと思った。

***

僕は伯父の所へ戻った。おそらく、既に家を出て僕を探しているはず、そう思った。しかし、伯父は何処にもいなかった。 不思議に思った僕は、その家に入ることを決めた。もしかしたら、僕にあきれて先に行ってしまったのではないか、とも思った。しかし、何となくなのだが、入らなくてはいけないような気がしたのだ。

恐る恐る木製の扉を開ける。室内は昼だというのに薄暗く、血の臭いで満ちていた。おそらく食事中だったのだろう、テーブルの上には野菜で作ったスープが並べられていた。具はほとんどないに等しかった。これを見るだけで、彼らの生活状態が何となく分かった。何もしなくても豪華な料理が目の前に運ばれてくる、僕たちとは雲泥の差だ。

その奥には子供たちがいた。母親代わりだったのだろうか、10歳を少し超えたばかりの少女が、幼い子供たちをかばうようにして倒れていた。もう、動いてはいない。目線を少し変えれば、同じく息絶えた子供たちが倒れている。もちろん犯人は分かっている。騎士である、伯父なのだ。そして僕も、騎士なのだ。

やはり伯父は先に行ってしまったのだ、そう思ったときだった。ガシャンと、崩れるような激しい金属音がした。おそらくは、隣の部屋からだろう。僕は腰に下げた剣を抜き、ドアに突撃した。そこで目にしたのは、変わり果てた伯父の姿だった。

***

僕の伯父は、額にナイフを突き立てられ、床に倒れていた。血まみれのロングソードを握ったままで。

目線を上げると、そこには1人の男が立っていた。黒髪黒目で、頭には蒼いバンダナを巻き、盗賊風のいでたちをした細身の男。おそらく、いや確実に、伯父を殺したのは、この男だ。

僕は剣を構えた。油断していただろうとはいえ、伯父は相当な力量の騎士だ。その伯父を殺したのだから、相手も相当なレベルの持ち主のはず。

「貴様が、殺したのか?」

僕が尋ねると、男は落ち着いた口調で返してきた。

「あぁ、そうだ。いきなり襲い掛かってきたんでな」

分かっている。伯父は子供たちを殺した。男がスラム側の人間であるなら、これは正当防衛なのだ。分かってはいる、だが、聞かずにはいられなかったのだ。

「あんたも騎士のようだが…やはり俺たちを殺しに来たのか?」

そうだ、と、本当なら言わなければいけない。僕はそういう命令を受けてこの場にいるのだから。だが、僕は、どうしても口が開かなかった。言葉にするのが怖かった。

「騎士の仕事は、あんたが思っている騎士の仕事は、人を守ること、助けることのはずだ。違うのか?」

突然、男がこう言った。その言葉に、僕は思わず頷いてしまった。僕が幼い頃から教えられてきた、騎士のあるべき姿、そのものだったからだ。

「あんたがもし、本当の騎士を目指しているのだとしたら、一つ頼みたいことがあるんだ」

罠かもしれない。いや、絶対に罠だ。いつもの冷静な僕だったら、絶対についていかなかっただろうに。何故か僕は、この男の後に続いていた。少しかび臭い、古びた様子の階段を下り、地下室へと入る。そこには、ベッドに横たわる1人の少女がいた。

「騎士団長の息子だったらさ、高位の神官に診てもらえるんだろ?」

僕はその言葉に驚いた。僕は一言も身分を明かしてはいないのに、この男は僕を知っていたのだ。僕は男を睨んだが、男はかまわず話を続けた。

「この子を助けてやって欲しいんだ」

男はそう言って、少女の手をぎゅっと握った。息をすることすらマトモにできない、そんな状態だった。綺麗な顔からは汗がとめどなくあふれ、見ているのもつらい。彼女は…?

「あんたの妹だよ、クロード」

***

男は全てを話してくれた。男の名前はウォルター。昔家を出た僕の兄、クリフォードと知り合いだという。また、幼い頃の僕を知っているとも言った。

「こいつはもともと身体が強くないんだ」

男は少女の傍に座り、少女の汗を拭ってやる。

「貴族として生まれたこいつに、スラムでの暮らしは無理だったんだろうな」

そして少女の名前はシンシア。僕の腹違いの妹に当たるのだそうだ。そう言われれば、何処となくあの女怪盗に似ている。彼女も大きくなれば、母に負けないとびきりの美人になるだろう。

「あんたが騎士について、少しでも疑問を抱いているのであれば、助けられるだろう?」

たしかに、僕が父に頼めば、彼女は診てもらえるだろう。そして、助かるだろう。少なくとも、今よりは楽になる。だが、父が下した命令は、「女子供問わず全員殺せ」だ。僕が彼女を連れ帰っても、どうにもならないかもしれない。しかし、彼女は父の娘なのだ。受け入れてもらえる可能性は、ある。

「貴方は、どうするのですか?そうだ、一体どうしてここへ?」

「俺には、どうしても助けてやりたい、大事なヤツがいるんだ。俺のことを、きっと、待ってる」

男はそう言って素早く立ち上がった。

「シンシアのことは任せた。絶対に、助けてやってくれ」

「あ、あの…!」

僕の返答を待たずに、男は階段を上って行ってしまった。残されたのは、僕とこの少女だけ。苦しそうな息遣いだけが聞こえてくる。

「騎士とは、騎士の仕事とは、人を守ることだ…」

僕は少女の頬をそっと撫でた。とても温かった。僕は彼女を助けるんだ。僕にしか、助けられないんだ。僕は彼女を背負うと、ゆっくり、慎重に、階段を上っていった。

扉を開け、外に出ると、もうそこには誰もいなかった。騎士は撤収したのだろう。残ったのは煙と、あちこちに見える倒れた人の影だけだ。男の姿はもう見えない。あの男は、大事な人を、助けられたのだろうか。

***

シンシアは元気になった。父は僕を叱るどころか、娘が生きていたことを喜んだ。彼女は娘として正式に受け入れられ、部屋も用意された。僕は彼女を助けられたのだ。

後で知ったことだが、件の怪盗は処刑される前日、つまりはスラム一掃の日に、獄中で服毒自殺していたのだそうだ。男は彼女を助けられなかった。

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