LilacFantasy - These Days_01

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These Days

蜂蜜のようにきらきらした金の髪と、まるで碧玉のように深く澄んだ蒼い瞳。突然自分の妹だと告げられたあの日。あの日から、俺の人生は変わった。

***

窓から教皇のいる大聖堂がはっきりと見える。そこはまるで別世界。俺たちがいるのは鈍色の貧困街。母が何処からか持ってくるお金と、俺たちがごみあさりをして得たお金。あわせればそれなりの額にはなるが、さすがに食い扶持が10人もいれば、暮らしは楽ではない。そうというのも、スラムの孤児たちが集まって住んでいるからだ。

妹がやって来たのは、俺が6歳の時だった。3年間行方知れずだった母が、突然彼女を連れて帰って来たのだ。貴族のような格好をして母の後ろに隠れていた彼女は、母に教えられ、俺を「お兄ちゃん」と呼んだ。しかも彼女は人見知りが激しく、俺以外の子供たちにはなかなか慣れなかった。それが少し照れくさかった。そして少しだけ嬉しかった。俺は彼女を守らなくては、と思った。

いじめっこのバートはしばしば彼女をからかい、泣かせ、俺と殴りあいになることが多かった。その度に、俺たちは最年長の母親代行、ラナに殴られたのだが。その様子を見て泣いていたのがメイとヘティーで、それをあやすのがしっかり者のエフィの役目。その一方で、レジーとロブは腕いっぱいのゴミを持ち帰り、それをセーファスが売り物に換える。こんな当たり前の毎日。それは突然終わりを告げる。

***

妹が来てから3年が経った。

彼女は、突然倒れた。母が急いでベッドに運んだが、息は乱れ、血も吐いた。もちろん医者に見せる金などないし、あったとしても俺たちなんざ門前払いだったろう。

彼女は何度も「大丈夫だから」「心配しないでね」を繰り返し、眠った。他の子供たちが心配そうに見守る中、母は彼女の手をぎゅっと握り、こうつぶやいた。

「何とかするから、待ってて」

母がそう言って家を出てから、2日目。妹は相変わらず苦しそうで、顔色は日に日に悪くなっていった。ラナは「僧侶に見せれば助かるかもしれない」と言ったが、俺たちにはどうすることもできなかった。できることといえば、ただ、見守ることだけ。

「お兄ちゃん」

妹が俺を呼んだ。とても、弱々しい、か細い声で。俺は母がそうしたように、彼女の手を堅く握り締めた。すると、安心したのだろうか、彼女は笑顔になった。そして、途切れ途切れにこう言った。

「あの…ね、お水…飲みたい…。汲んで…きて…欲し…い…な…」

俺は水汲み用のバケツを両手に抱え、近くの川まで行った。空はこんなにも綺麗なのに、風はこんなにも気持ちがいいのに、とても清々しい気分にはなれそうもなかった。

ふぅ、と思わずためいきをもらす。妹はこのまま死んでしまうのではないかと、そう、思っていたからだ。

彼女の「大丈夫」ほど信用できない言葉はない。昔、料理の際に左腕を火傷してしまったときも、彼女は泣きながら「大丈夫」を繰り返していた。今でこそあまり目立たなくなったが、当時は見るに耐えかねるほどひどい傷だった。

今回も。本人は「大丈夫」だと言っているが、一日に何度も嘔吐や吐血を繰り返し、熱はいっこうに下がらない。出来る限り栄養のあるものをかき集めて料理しているのだが、食欲がないらしく、ほとんど口にしようとはしなかった。

本人は、「うつるといけないから」と言って、地下室に移動することを望んだ。地下室は昔から家にあったもので、長年放置状態になっていた。決して衛生的にいい環境とはいえなかったが、皆は本人の意思を尊重した。そして俺だけが、彼女のそばにいるとができた。

そんなことを考えながら、俺は足を川へと進めた。季節は冬。川の水は既に冷たくなっていたが、そうも言ってられなかった。俺は刺すような冷たさをこらえ、2つのバケツに水を満たした。ついでに魚でも獲ろうかと思った瞬間、何か違和感を感じ、来た道を見やった。

まだ昼間だというのに、スラムの空は赤く染まっている。まるで夕暮れ時のように。そして、方々から立ち上る、煙。

嫌な予感がした。俺はバケツを持つのも忘れ、家へと急いだ。あちこちから聞こえる悲鳴。煙とともに広がる血の臭い。どんどん大きくなってくる、金属音の混じった足音。急がなくては。

***

俺が家に着いた時、そこは既に俺の知っている家ではなかった。玄関先には1人の女性が倒れていた。少しくすんだ紅い髪…ラナだ。俺は彼女を抱き起こそうとしたが、既に息はなく、首の辺りは血で紅く染まっていた。彼女の背中には、同じく動かなくなってしまった子供たちがいた。おそらく、ラナは子供たちを守ろうとしたのだろう。

おそるおそる進んでいくと、やはりそこにも子供たちの姿があった。やはりもう、息はない。もう、誰も生きてはいなかった。

「まだガキがいたか」

声の主を向くと、1人の騎士が俺を見下ろしていた。茶色い髭をふさふさと生やし、立派な紋章入りのプレートメイルを装備した、騎士が。手には血に塗れたロングソード。まだ血は乾いていないらしく、ぽたぽたと床に落ち、無数の染みを作っている。おそらく、こいつが、皆の命を奪ったのだ。

俺は素早く騎士と距離をとる。何とかして俺は妹の所に行かなければいけない、妹を守らなければならない、そう思っていたからだ。しかし、

「抵抗しても無駄だ。お前らスラムの人間は、1人残らず殺せとの命令だからな」

重く響く声。身体をブルブルと震わせながら、俺は騎士を睨みつける。冷たい目だ。「人間」という言葉を使ってこそいたが、俺たちを人間とも思っていない、そんな目だった。

「あの金髪の女も、抵抗しなければ苦しまずに死ねたものを」

金髪の女、その言葉を聞いた途端、俺の身体は勝手に動いていた。勝てるはずがない、勝てるはずなどないのに、俺は…。

そして、目の前が赤く染まった。結局俺は、妹の所へは帰れなかったのだ。

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